豊見城市出身。株式会社システック沖縄は県内外の様々なソフトウェア開発支援及びパッケージ販売・開発を行っています。赤嶺氏は2代目社長。元々、機械好きだった少年でしたが、高校卒業時にこれからはコンピュータの時代と考え、開発者の道へ。東京で経験を重ねた後に、同郷の仲間たちと96年からシステック沖縄が本格始動。
同友会へは同業のokicom小渡社長からの誘いで入会。他社の経営体験報告が聞ける同友会の魅力を体感。同友会の学びは積極的に社内に持ち帰り共有。共同求人や社長社員共育塾はじめ現在は幹部社員も参加。同友会の学びを実践し続けています。
食器、厨房機器、調理道具などの販売を通じて沖縄の飲食店と暮らしを支え続ける有限会社アンカー商事は父が創業。社名の『アンカー』には巨大な船を導くアンカー船のように小さいながらも重要な役割を担う存在になりたいという願いが込められているそう。専門学校卒業後に東京の企業へ就職するも、父が倒れたことで帰沖し、事務として入社。経営のことは何一つわからない中で、奮闘していた際に社員の問題で悩みを抱えていました。そんな時に同友会と出会い、女性経営者部会『碧の会』での活動や中部支部長を経験。補助金を活用した店舗改装やIT導入はじめ、同友会で得た「生きた学び」を日々の社内実践に落とし込み、次の時代へと繋ぐ経営基盤づくりへ挑戦しています。
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福井県小浜市生まれ。名古屋大学卒業後に日本アイ・ビー・エムで28年間勤務。400人規模のコールセンターをうるま市で立ち上げたこともあり早期定年退職後、2008年9月株式会社アイセック・ジャパンを設立。聴覚障がい者向けサービスとして、ライブ字幕サービスや電話リレーサービスなどを提供。『日本を救う次世代ベンチャー起業100社』にも選ばれ社会貢献度の高い注目企業としてスタート。急成長するも起業支援事業で社員を増やしたら助成金打ち切りと共に大ピンチ。不動産を売り払い自身も切り詰めた時に同友会の仲間に助けられ資金繰りも安定。社員と向き合い、経営者として決して諦めない心は同友会で学んだと語ります。
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父は福岡2世、母は沖縄2世というペルーの移民3世としてペルーで生まれ育った田上氏。1989年にインフレで大混乱の故郷を離れ、当時好景気の日本へ働く場を求め日本語も話せない状態で来日。当初は首都圏の工場で勤務していたが、母方の故郷である沖縄へ移住。その後、アルバイトをしながら独学で猛勉強し定時制高校や職業訓練校に入り、基本情報処理技術者などの国家資格を取得。縁あって県内のIT開発会社へ営業職として入社。1年目から優秀社員となり活躍し取締役までなり21年間勤務する。48歳の時に、沖縄に恩返ししたいという思いで起業。前職時に同友会は幹部として参加していたが経営課題を抱え再入会。自社や地域の課題をDXで解決すべく同友会の学びを実践している。
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