茶論(2015年10月号)

 

 

 

最近、至る所で聞こえてくる「人手不足」。 その根っこを辿って行くと、やりたい事がなく、キツイ仕事をしなくなった日本人の姿が見え隠れする▼ある日のこと、友人曰く「ブラック企業だと騒がれた某店に夜中に行ってみると、働いているのはアジア人。相撲だって、今やモンゴル人に席巻されている」。厳しい稽古や労働に絶える覚悟はもはやないのではとあきらめ顔でつぶやいた▼では、人が集まる仕事は?と問うと、「圧倒的に一般事務だよ。したい事がないのさ」▼そういえば壮絶な体験ストーリーとか、凄まじい努力ストーリーとの出逢いが無くなった。そのせいなのだろうか?最近、「それって強制ですよね」という反応に立惑う事が多くなった▼仕事は質より量だと教えられ、量をこなすよう強制管理・指導されたオシン時代は、オシンの頑張りぬく後ろ姿に人々は共感した。今は違う。長時間労働はブラックだと揶揄され非難される。しかし、「幸せか?」という問いに「そうだ」と答える日本人の割合は、先進国の中でもかなり後ろだ▼ところで、同友会にある労使見解だが、これはどの時代にも通用する。働く人の基本姿勢を明示しているからだろう。優れものだなと思う。
 
 

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