茶論

茶論(2015年10月号)

 

 

 

最近、至る所で聞こえてくる「人手不足」。 その根っこを辿って行くと、やりたい事がなく、キツイ仕事をしなくなった日本人の姿が見え隠れする▼ある日のこと、友人曰く「ブラック企業だと騒がれた某店に夜中に行ってみると、働いているのはアジア人。相撲だって、今やモンゴル人に席巻されている」。厳しい稽古や労働に絶える覚悟はもはやないのではとあきらめ顔でつぶやいた▼では、人が集まる仕事は?と問うと、「圧倒的に一般事務だよ。したい事がないのさ」▼そういえば壮絶な体験ストーリーとか、凄まじい努力ストーリーとの出逢いが無くなった。そのせいなのだろうか?最近、「それって強制ですよね」という反応に立惑う事が多くなった▼仕事は質より量だと教えられ、量をこなすよう強制管理・指導されたオシン時代は、オシンの頑張りぬく後ろ姿に人々は共感した。今は違う。長時間労働はブラックだと揶揄され非難される。しかし、「幸せか?」という問いに「そうだ」と答える日本人の割合は、先進国の中でもかなり後ろだ▼ところで、同友会にある労使見解だが、これはどの時代にも通用する。働く人の基本姿勢を明示しているからだろう。優れものだなと思う。
 

茶論(2015年9月)

 

 

 

暑い・熱い八月が過ぎた。スポーツでは高校の甲子園大会、世界陸上等で沸いた。一方、広島・長崎への原爆投下、終戦記念日と、今年の八月は戦後七〇年ということもあり、これまでになく平和について考えさせられた▼とりわけ首相の談話は国内外から注目の的となった。内容の評価は別にして、何故七〇年経っても日本の首相談話が注目されるのか。第二次世界大戦の敗戦国は日本だけではない▼対照的に、ドイツは、「過去に目を閉ざすものは現在にも盲目となる」(ワイツゼッカー元大統領の演説)に示されるように、ヨーロッパ諸国民への謝罪と今なおナチスへの追及が世界の信頼を得ているのではないか▼沖縄は、太平洋戦争で唯一地上戦を体験した県民として、平和の尊さ訴えていく責務がある。七月に岩手県で開催された中同協総会の分科会で、照屋義実相談役は、「地上戦の教訓は①軍隊は住民を守らない②基地があるところはターゲットとなり攻撃される③命どぅ宝。この三つの教訓をしっかりと刻みながら子どもたちに伝えていきたい」と結んだ▼あらためて「すべての人が、人間らしく豊かに平和に暮らせる環境であってこそ、中小企業と地域の反映があります」(中同協第47回定時総会議案)に確信した。

 

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