第22回経営研究集会-時代の転換点、持続可能な社会へ 同友会最高の学びの場に320名参加

第22回経営研究集会の様子  「時代の転換点、持続可能な社会へ〜企業づくり・地域づくり」をメインテーマに、第22回経営研究集会が11月10日ロワジールホテル那覇にて開催され、320名が参加しました。

 開会にあたり喜納朝勝実行委員長は「経営研究集会は同友会最高の学びの場と位置付けています。3つの目的(よい会社をつくろう・よい経営者になろう・よい経営環境をつくろう)を意識して学び、自社がよくなることが沖縄という社会を良くしていきます。今日の学びを自社に持ち帰り実践を重ねる、一社一社の取り組みがなにより大切だと思います。楽しみながら学びましょう」と宣言しました。
 基調講演には宮城県気仙沼で牡蠣やホタテの養殖を営む㈲水山養殖場・社長、牡蠣の森を慕う会・代表の畠山重篤氏が「森は恋人〜震災復興に向けて〜」をテーマに講演されました(講演要旨参照)。
 基調講演後、会場を移動して6つの分科会でテーマごとに学びました(分科会要旨参照)。
 
≪基調講演≫
記念講演の講師 畠山氏森は海の恋人 〜震災復興に向けて〜
 (有)水産養殖場 社長 牡蠣の森を慕う会 代表 畠山 重篤 氏
 
日本に生まれてよかった
 今年の3・11東日本大震災で気仙沼でも大きな被害を受けました。津波は潮が引いた後、海面が盛り上がり海全体が押し寄せてきました。五二軒の家屋で残ったのは四軒。施設にいた私の母も亡くなりました。
 気仙沼では二千人近い被害者が出ました。国に対しての不満はたくさんありますが、日本に生まれてよかったと思ったことがあります。それは遺体の管理です。遺族としては遺体をどう管理してもらえるか、それが国の力だと思います。私の母は小学校の安置所で洗浄され花を添えられて、きちんと管理してもらいました。
 被災地での遺体捜索は手で泥を掻き分けて、探していました。その作業にあたった若い自衛隊員の精神的ケアも必要だと聞いています。全国民が何かしなければならないという気持ちに、助けられました。現場の若い人の士気は高い。この国は意外といい国だと思いました。
 
講演を聞く参加者
“川の水” と “人の心”
 津波被害で一番怖かったのは、今後も商売を続けていけるのかということです。津波後は海から全ての生き物が消え、沈黙の海になりました。
 ところが、1ヵ月程でみるみる海に生き物が現れはじめました。大学の先生方が、海藻類がいれば海は大丈夫と言っており、実際海の中にはプランクトンがいっぱいでした。水の中の酸素も100%で、時が経つにつれ海が良くなり今は魚が溢れかえっています。自然の力です。
 海は塩水だけでは生きられません。海に注ぎ込んでいる川の水と、近くに住んでいる人の心で生きています。
 植物と鉄分の関係ですが、ミトコンドリアには酸素が必要で、鉄は酸素の必殺運搬人です。“地球は鉄の惑星”といわなければならないほど。では、鉄はどこから来るか、珊瑚にとっても重要なことです。私が取り組んでいる漁師が山に木を植えるのは正解で、海は海だけでは成り立たないのです。
 牡蠣養殖の恩人、沖縄県出身の宮城新昌さんの顕彰碑が津波で半分に欠けてしまったので、今後は高い所へ建てようと計画中です。
 今回の津波被害は甚大でしたが、川と森林が健全であれば、海は健全であり「森は海の恋人」を確信しました。
 (青山喜佐子)
 
 
第1分科会(経営指針)
  なんのために「経営指針」が必要か 新光産業㈱ 社長 新里 正雄 氏
 
第1分科会 報告する新里氏 第1分科会は、「なんのために『経営指針』が必要か」 と題して新光産業(株)新里正雄社長が報告をされました。
 経営指針とは、経営理念・経営方針・中期経営計画の三位一体。新里社長は冒頭で以前、同じような業種で同じような人数、規模の会社が三社あった。それぞれ同友会で経営指針の大切さを学んでいた。しかし年月が過ぎ3社を見てみると1社は廃業。1社は以前同様の規模で変わらない状態。1社は大きく飛躍し、以前と比べ数倍の企業へと成長していた。この違いはなんなのか? 3社を比べてみると経営指針を掲げ「絵に描いた餅」の企業が廃業や現状維持になっている。OJT(On-the-Job Training 〜オン ザ  ジョブ トレーニング)ができていない会社は成長できない。つまり日々現場の仕事で、経営指針を落とし込んでいる会社が成功している。また経営理念が無ければ会社が存在している意味がない。経営理念があっても利他の心が入っていなければいけないのではないか? 経営理念⇒理想の会社像である。現在、新光産業ではガラス張りの経営を目指し、社員全員が会社の経費、給料まで数値を見えるようにしていると話されました。第1分科会の様子
 数値を透明化することにより、社員一人一人が経営に携わっているという当事者意識を持ち、仕事に取り組む姿勢に繋がっていると感じました。日々、経営指針と照らし合わせて気づいたことはすぐに指摘されているそうです。実践することの大切さを再認識した分科会となりました。
(沖縄設計サービス㈱ 當野正樹)
 
 
 
第2分科会(人材育成)
  人は石垣、人は城社員教育が、落ちない企業(城)を造る
          (株)琉球補聴器 社長 森山 賢 氏
 
第2分科会 報告する森山氏 「分科会報告者を何度か断ろうと思いました。僕はそれを語れる社長ではないからです」。報告者のこの言葉から始まった第二分科会。ホワイトボードには社員から社長への不満がかかれた付箋紙が一面に貼られています。(株)琉球補聴器 森山 賢氏は2代目の苦悩を抱えながら、奮闘している今の自分を飾ることなく報告しました。
 「社長の息子」の偏見、重圧、よそよそしさを感じる社員との距離に悩みながらも創業者より受け継いだ「採用と教育」の実践の為、同友会の社長・社員共育塾で学び続けます。
 更に社員の家族を一軒、一軒訪ねながら内緒のビデオレターを撮影、社員の家族と関わっていく事で「自社の社員は、社員である前に一人の父、または息子、母であり、娘でもある」と強い思いが培われます。そのビデオレターを見た社員の中には涙を流す姿も。当日、会場でも一部が流されましたが本当にとても温かいメッセージでした。
 森山社長自身も、自分と社員との強い絆が生まれたと感じていました。ところが、一泊研修で行われた「我社の成長の阻害要因」として挙げられた指摘は、「社長の愛が足りない」「社長の態度が曖昧」等々、後を絶たない自分への辛辣な言葉。眠れぬ一夜を過ごし、2日目の朝の研修では社員へ土下座で謝ったという森山氏。第2分科会の様子しかし「自分の成長無くして会社の成長無し」と一念発起。今新たな琉球補聴器の森山「賢」社長としてスタートしています。
 社員教育委員長でもある中家座長は「異業種との関わり、他社を知る事で自社を知る事ができる。どのような状況でも社員教育は続けていかなくてはいけない」とまとめました。
((株)共栄環境 下田美智代)
 
 
第3分科会(事業承継)
  社長が変われば 会社は変わる! マエダ電気工事㈱ 社長 真榮田一郎 氏
 
第3分科会で報告する真栄田氏 第3分科会は、「事業承継」をテーマにマエダ電気工事㈱の真榮田一郎社長の報告でした。
 真榮田社長は、大学卒業後の平成2年4月に入社し、その日から住友電設九州支店へ出向。しかし創業者(父)が倒れた事により、1年8ヵ月で沖縄に戻りました。沖縄に戻り数年後に社長に就任しましたが、事業承継は金庫の鍵を渡されるだけで、非常にあっさりしたものでした。社長に就任後、先代との間に立ってくれ第二の親父と慕っていたおじが急死。社員とのコミュニケーションもうまくとれず、社員からの相談は辞める相談ばかり。会社に行くのが恐いという、つらい時期を過ごします。そんな状況の中、MSIのセミナーを受講したことをきっかけに、社内でビジョン研修を実施します。その研修の中で、全社員一人一人が社長に対して言いたい事を言ってもらいましたが、無茶苦茶に非難され、最初の内はイライラしたのが、最後は泣いて全社員に謝罪したそうです。
第3分科会の様子 このことが“社長が変われば”のスタートとなり、スイッチが切り換わったそうです。経営理念の重要さを知り、理念は変えずにその理念の裏にある想いを明文化しました。毎朝の朝礼で理念を唱和し、朝礼が理念を社員に浸透させる場になっています。
 真榮田一郎社長が経営者として変わった事は、・自分を律する事(3年前に禁煙をした)・行動・発言・考え方の中心に社員の幸せがある事。今では、社員が自主的に朝の会議、ボランティア等に取り組んでいます。その決定も社員が話し合いの中、決めているそうです。
 全社員に対して会社の数字をオープンにし、損益計算書も読めるように教育しているので、後、どれくらい売上があればボーナスが出るか、把握できるので、モチベーションのアップにもつながっています。
 グループ討論では、テーマに対しての問いに、自分を律する事との共通点などが出されました。
((有)南風原ドライブイン 大城聡)
 
 
第4分科会(雇用づくり・仕事づくり)
仕事づくりは人づくり、そしてまちづくり 伊志嶺氏・石原氏・川畑氏が報告
 
  パネリストの伊志嶺氏  パネリストの石原氏  パネリストの川畑氏
 第4分科会では「仕事づくりは人づくり、そしてまちづくり」のテーマのもと(有)アンテナ・石原地江社長、川畑順義税理士事務所・川畑順義所長、(株)アメニティ・伊志嶺勳社長をパネリストに迎え、コーディネーター(有)大宮工機・宮城光秀専務によるパネルディスカッションを開催いたしました。
 共同求人委員長である川畑氏からは、新卒採用活動を通して得られた「自社の存在価値」について熱い思いが伝えられました。南部支部副支部長としても活躍している石原氏からは、翻訳・通訳の枠にとらわれない、「求職者と企業のマッチングで地域活性化」を図っている活動の報告がありました。伊志嶺氏は経営理念の見直しから食の安全・安心を追求。「社員の働きがいづくり・雇用創出」に取組んできた経緯を赤裸々に報告。3者3様の多岐に渡る実践報告から幅のあるユニークなディスカッションになりました。
 グループ討論では「地域に根差した企業として、仕事づくり・人づくり・まちづくりにどう取り組みますか?」のテーマで各企業の取組みについて話し合いました。小学校のトイレ掃除や通り会の活動等、様々な方法で地域活性に役立っていることを知る機会になりました。
 コーディネーター宮城氏の穏やかな物腰から時々出る毒舌?に笑いも重なり、高い失業率という背景がある中、雇用創出が人・まちづくりに繋がっているという事に自信を持つことができる志の高い分科会となりました。
((株)近代美術 小井土恵美)
 
第5分科会(環境)
  再生可能エネルギー 沖縄の未来を考える
     清水教授による基調講演とパネルディスカッション
 
基調報告する清水教授 「再生可能エネルギー法成立—沖縄の未来を考える」というテーマで清水洋一氏(琉球大学教育学部教授)に基調報告をしていただき、「車社会の沖縄!『エコ・ドライブに取り組もう」というテーマでパネルディスカッションを行いました。
 清水教授は、まず今夏成立した再生可能エネルギー法について説明、次に沖縄における再生可能エネルギーについて説明しました。地熱を除いた太陽光、風力について変換効率、施設稼働率など具体的な数値を用い、沖縄で使われている火力発電所と必要面積の比較、バイオマスの利用状況などを
報告。最後に沖縄県民として何ができるのかについて、沖縄のエネルギー自給率が0・2%しか
ないうえ再生可能エネルギー普及に時間がかかることから「ライフスタイルの見直し」「電気自
動車、LRT・鉄道、自転車へのシフト」「バイオ燃料の実用化」「海を活かした発電の調査・研究」「公共交通の適切な利用の推進」「子供たちにエネルギー問題を理解してもらい判断・行動してもらう」などを提言されました。
 エコドライブに関するパネルディスカッションでは、
パネリストに県環境政策課・松田氏、公衆衛生協会・当真氏、沖縄浄管・大城氏、コーディネーターに環境カウンセラー・高平氏をお招きして、「なぜエコドライブなのか」「どういう運転なのか」「その効果は」などについて報告しました。そのなかで燃料費が平均18%削減できるという点に、参加者は強い関心を持っていました。
 最後に玉栄座長から、「まずは現状を把握し、PDCAを回すツールとしてエコアクション21やISOなどの活用を」と提言され、第五分科会を終了しました。
(Mind Network(株)  砂川孝児)
 
 
第6分科会(中小企業振興条例)
市町村での中小企業振興条例をめざして〜パネルディスカッション〜
 
 第6分科会は「市町村での中小企業振興条例設定をめざして」をテーマに開催。今回は現在条例制定に向けて取組みが進められている沖縄市の事例や、全国の事例を中心にパネルデスカッションを行い、条例制定の意義や市町村での設定に向けた課題について学ぶ分科会でした。
 パネリストには、沖縄市経済文化部・中山貴洋部長、名桜大学・宮平栄治教授、沖縄同友会喜瀬慎禄副代表理事、コーディネーターは沖縄同友会・赤嶺剛政策委員長がつとめました。
 最初に沖縄市の振興条例設定にあたって、沖縄市商工振興委員会の委員長を務めた宮平教授より制定する際の取組み方、行政や地域関係団体の巻き込み方等を話されました。次に中山部長から行政の立場としての取組み方や、制定にはトップの強い信念と、それを実践する関係者の関わり方の重要さを話されました。
 「全国の中小企業振興基本条例運動の状況」について喜瀬副代表理事が報告。「条例制定に向けた留意及び注意点は」など、三氏の立場から、考えを述べられました。
 総括として、中小企業振興基本条例制定に向けては、先進地を参考にし、条例には地域を活性化させる意義、目的がある。行政、各関係団体、市民、中小企業が、責務を担い、みんなで意見を出し合いつくりあげることが制定には大事ということでまとまりました。
(大晋建設(株) 下地一則)
 

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